通路
山手線は東京の中心地を取り囲み環状に走っている。
そんな山手線の運転が開始されたのは1925年以降とされる。
建設の理由は朝廷や明治政府が外敵から身を守るための障壁をつくるためだという。
確かに、第一次世界大戦中の建設当時、文字通り外敵から東京の中心部を守る物理的な障壁としての役目を果たした。

しかし、それは氷山の一角にすぎない。
山手線の建設は外部の邪悪な気から東京の中心地を守るという陰陽的思想や呪術的な結界をつくるという目的に支えられたものだった。
 
当時の東京(江戸)は平将門の怨念を恐れ、自然災害などは将門の怨霊の仕業であるとする風潮があった。
関東は平将門のゆかりの地で、将門の首塚や着ていた鎧や兜が祀ってあるという鎧神社、兜神社。
将門の身体があるという神田明神など将門に関係する神社が存在する。

それらは地理的にちょうど北斗七星の位置にあり、将門の守護神である妙見菩薩を象徴したものだったため、当時、江戸幕府を開いた徳川家康は、将門の怨念やその霊力を味方につけ敵対する朝廷や明治政府に対抗しようとしていた。

それに対して朝廷や明治政府側が建設したのが山手線。
鉄は霊的な力を断ち切り、封印する力を持つというのである。
だがしばらくして関東大震災が起こった。
それは将門の怨念が山手線の建設を阻止しようとしたことによるものらしい。

しかし結果的に将門のゆかりの神社をとり囲むように山手線が完成し、怨念は封じ込められたという。

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